無職転生Ⅲの第9話「慟哭」は、異世界で家族を得たルーデウスが、元の世界の家族に会えないナナホシの苦しみに向き合う回だ。ナナホシの助けを求める声を受け、治療法を探して魔大陸へと向かう。かつてルイジェルドに守られながら旅をした土地を、今度は友人を守りながらたどることになる。
ネタバレ回避のあらすじは以下。
ケイオスブレイカーで突如吐血し、倒れたナナホシ。原因は7000年前に根絶したはずの病「ドライン病」だった。絶望するナナホシ。ルーデウスは彼女の力になりたいとペルギウスに申し出る。そして「ドライン病」を知っている可能性のある人物を探すことに…。
https://mushokutensei.jp/story/3-09/
9話のアバンは、ナナホシが倒れてから3日後のケイオスブレイカー。精霊たちが治療に当たり、シルフィも協力を続けている。他者の体力や健康を移し替えられるユルズをもってしても原因がつかめず、自分の魔術のせいだと思っているシルフィは交代しようとしない。

書庫を調べるというペルギウスの言葉に、ルーデウスも立ち上がるが、部外者は入れないと止められる。既に歴戦の魔術師であっても、今ここでできることはない。祈るクリフの傍らで、ルーデウスが思い浮かべるのは、地球の風邪で死んでしまう映画の宇宙人である。異世界へ来た人間も、この世界からすれば宇宙人なのだ。
家族への渇望
ナナホシを蝕んでいるのはドライン病。魔力への抵抗を持たない者がかかる、7000年も前に根絶されたはずの病気だった。病名は分かっても、治療法は分からない。ペルギウスはスケアコートの力でナナホシの時間を止め、猶予を作るという。
ここでクリフが噛みつく。人一人の命がかかっているのに、もっと手を尽くすべきではないか、と。
対するペルギウスは最低限は助けるが、最大限に助けるわけではないと線を引く。ラプラスとの戦いに備える彼にとって、客人の救命が何よりも優先されるわけではないのだ。
書籍14巻でも援助に限界を設ける趣旨は同じだが、この「最低限」と「最大限」を対にした言い回しはWeb版の「慟哭」に近い。書籍版では「(ラプラス打倒の)妨げにならぬ程度の助力しかするつもりはない」と持って回った言い回しになっていて、一方Web版は「最低限、助けもしよう。だが、最大限は助けぬ」とアニメそのままである。アニメ版は書籍版、Web版とも原作とした脚本であることが分かるシーンだ。
クリフが腹を立てるのも分かるが、怒れば相手の優先順位が変わるものでもない。エリナリーゼは、正面から食ってかかるクリフを止める。周りを見れば、身構える11人の使い魔。ペルギウスを罵倒するクリフは簡単に排除される存在でしかない。
ペルギウスの返しは趣味人のそれだ。「文句があるなら自分で動いたらどうだ?貴様の神もそう言っていよう。人を助けるに人を頼るなかれ、だったか?」と、相手の教義をもって嫌味を言う。その通りで、祈るクリフも、怒るクリフも、まだ自ら行動はしていない。ルーデウスも「ナナホシは助けてやりたい。けど、ペルギウスにも限界がある」と、考えているだけである。
目を覚ましたナナホシに、ルーデウスは大丈夫かと声をかける。返ってくるのは、大丈夫に見えるのかという問いだ。治らないと決まったわけではない、という慰めも届かない。看病する側と病気で死ぬかもしれない側の距離は大きい。
一人残ったルーデウスの前で、ナナホシがぽつぽつと語り始める。もともと体は強くなかった、こっちの世界は医学が発達していない、傷口を洗うことすらしない、だから自分は予防していた。そりゃ剣と魔法の異世界にワクワクしなかったと言えば嘘になる。ここまでが空元気で、「死にたくないよ…こんなところで」から決壊する。

8年前から何も変わってない、背も伸びないし髪もそのまんま、爪も伸びなきゃ生理もこない。この世界では生きてない死体みたいになっているのに、なんで病気にだけかかるの。キスすらしたことがない、好きな人に好きだって言えていない、毎日楽しそうなあなたが羨ましい。お父さんが死んだ、お母さんが病気で大変だ、だから何よ!
父を亡くしたルーデウスへの言葉も容赦がない。父親の死に目に会えるだけでも、彼女には羨ましいのである。ここで自分が死んでも、母親は娘が死んだことすら知りようがない。家族を失った者への気遣いよりも、自分の存在が家族に届かない恐怖が勝ってしまう。
やがて話は、父親の早起きや、母親の出すサンマへ移っていく。特別な記念日の話ではない。素っ気なく返事をして、同じおかずに文句を言った、ありふれた家の話だ。異世界の大事件の後にこの小さな記憶を聞かされると、帰りたい場所が急にはっきりと見えてくる。

身体の異常から両親との食卓へ至る流れは、書籍版にもある。アニメは生活習慣についての細かな話を絞りながら、帰れない苦しさが家族の話へ収束するところを残した。異世界の不便さを並べる説明から、ナナホシ個人の喪失へと重心が移る。
ルーデウスも、以前の自分ならこの気持ちは分からなかっただろうと考える。同じ日本から来たことより、今は自分にも大切な家族がいることが、彼女を理解する足場になっている。書籍ではさらに、仮に今の自分が日本へ戻れたとしても、こちらに残した家族の元へ帰りたくなるだろうと想像する。帰りたい世界は逆でも、離れたくない相手がいることは同じなのだ。
魔大陸へ
ナナホシを助けると決めても、ルーデウスに治療法の心当たりがあるわけではない。頼りになりそうなオルステッドについて尋ねるが、彼が表舞台に現れたのは100年ほど前だという。そこで、病気が7000年前のものだと聞き直したルーデウスが笑みを浮かべる。それほど古い時代を知る相手なら、別の心当たりがある。
魔界大帝キシリカ・キシリス。かつて魔眼をくれた彼女に聞くため、魔大陸へ送ってほしいとペルギウスに頼む。原因不明の病気を前に考え込んでいたアバンから、ようやく自分の足で動けるところまで来た。協力を求めるルーデウスを見るシルフィの目にも、頼もしさが浮かぶ。

相談に集まったアリエルは旅の助けを申し出て、ザノバとエリナリーゼには護衛を頼む。クリフも同行を願い出る。自分にも故郷へ帰りたい気持ちは分かるという彼に、ルーデウスは了承する。
書籍版では、まずクリフに魔道具の研究を任せる案がある。それを押して同行したいというやり取りと、ナナホシの時間を止めている間は研究にも制約があるというルーデウスの判断を、アニメの会話は省いている。同行者の役割を細かく検討するより、助けたいと訴えるクリフをルーデウスが受け入れるところが前に出た。
魔大陸に不慣れなクリフを連れていくのだから、面倒を見る側にも余裕が要る。後に現地の危険や宗教観の違いを注意するルーデウスには、その役目を引き受ける意識が見える。かつてルイジェルドに守られて旅をした少年が、今度は同行者を案内するのである。
一方、シルフィに頼んだのは、身体を休めた後で家に帰り、ルーシーの面倒を見ることだった。長い間、両親がそろっていないのはよくない。理屈は分かるが、そう言われたシルフィの表情は、納得だけでは収まらない。自分も力になりたい気持ちや、夫の帰りを待つ不安が残っているように見える。

ルーデウス自身、妻たちを危険な場所へ連れていきたくない。原作では、パウロのように目の前で失うのは嫌だという思いを自覚している。ナナホシの家族への思いに共感したからといって、あくまで家族が最優先だ。
今度は腕をなくさないでね、というシルフィに、ルーデウスは善処すると答える。家でも事情を説明し、リーリャの「ご武運を」に送られて出発だ。転移魔法陣を使えば何日かおきに戻れる見込みとはいえ、前の旅で失ったものを思う家族にとって、気軽な見送りにはならない。
細かいところでは、この「ご武運」発言、リーリャの定番セリフではあるが原作ではシルヴァリルの発言だ。代わりにシリヴァリルは「お気をつけて」になっている。精霊と違い、人としての個性があるシルヴァリルが少しルーデウスに肩入れしている感が少し薄まった印象はある。
リカリスでの再会
シルヴァリルが案内したのは、キシリカに最も近いだろうという転移魔法陣だった。居場所に見当はついていても、向こうの出口までは確認していない。閉ざされた出口をザノバにこじ開けてもらい、外へ出れば魔大陸だ。長旅を覚悟した頃とは違い、移動そのものは一瞬で済む。
たどり着いたのはリカリスの街。エリス、ルイジェルドと歩いた懐かしい場所だが、今回は通じる言葉にも同行者との違いがある。兵士とのやり取りが魔神語になると、ルーデウスが案内役であることが実感できる。地名を説明するだけでなく、言葉そのものを変えて土地の隔たりを描くのがいい。
リカリスの町に入ろうとすると、門番の兵士が手配書を見ながらエリナリーゼに不審の目を向ける。描かれているのは成長した姿のキシリカなのだが、ルーデウスが知っているのは小さな子供の姿だ。絵で見ればほぼそのままなのだが、この時点では謎の指名手配犯だ。

街で声をかけてくるのは、馬面のノコパラ。デッドエンド時代には、こちらの弱みにつけ込もうとした因縁の相手だ。しかし向こうが気づいたのはエリナリーゼの方で、ロキシーとは別れたのかと尋ねてくる。大きくなったルディを見ても、昔の少年とは分からないらしい。

ノコパラはロキシーの知り合いでもあった。そこでルーデウスは通訳をし、そのまま情報収集を頼むことになる。提示する情報料は緑鉱銭4枚。金を持っているからといって妙な考えを起こすなと釘を刺せば、ロキシーの知り合いを相手にそんなことはしない、と返してくる。

そのノコパラが持ち帰ったのは、魔王もキシリカを探しているという情報だった。バーディガーディかと思えば、その姉のアトーフェだという。話を聞きに行こうとするルディを、ノコパラは慌てて止める。会わない方がいい、と強く勧める様子からして、気軽に紹介してもらえる相手ではなさそうだ。
家族の代わりに、人形
ひとまず食事にしようと、クリフとエリナリーゼが買出しに行く。書籍版にはこの前に、ザノバの身分でアトーフェとの謁見を申し込んで門前払いされる一幕がある。アニメはその寄り道を挟まず、ノコパラの警告から食事の場面へ進む。アトーフェの危険さを残したまま、話を捜索中の仲間たちへ戻す構成だ。
買出しを待つルーデウスに、ザノバがナナホシのことを話す。故郷を懐かしむ気持ちは分かるが、自分はこちらでの暮らしにも満足している。それでも帰りたいという彼女には、よほど大切なものがあるのだろう、と。
好きな相手と家族だとルーデウスが答えても、ザノバにはいまひとつ分からない。そこで「お前にとっての人形だよ」と言い換えると、ようやく大切さが伝わる。この対話は原作にもある。家族が大切なのは当然だと言い聞かせず、ザノバが手放せないもので説明するのが実にいい。

ルーデウスは自分の家族を思うことで、ナナホシの帰りたい気持ちに近づいた。ザノバには、その説明のままでは通じない。しかし人形に置き換えれば、失いたくないものがあるという話になる。人の気持ちが分からないことを責めるのではなく、分かるところから考える会話になっている。
その傍らで、食べ物をねだる者に串焼きを渡しているクリフ。汚れたローブの相手が誰かなど知らずに、買った食べ物を分けてやる。これを眺めるエリナリーゼが頬を赤らめるのがいい。危なっかしくて止めたくもなる人だが、彼女が好きなのはこういうクリフなのだろう。この表情はアニメ版オリジナルである。
ペルギウスに救命を求めた時と、腹を空かせた相手に食べ物を渡す時とで、クリフの考えは変わっていない。自分の手の届くところで人を助ける。その実践が、思わぬ形でナナホシを助ける手掛かりになる。
ルーデウスは、この展開を前にも見ている。食べ物を恵んだ相手が大笑いし、魔界大帝を名乗る。かつて魔眼をもらった時と同じ流れで、キシリカ・キシリスが現れたところでエンディングだ。愕然としているルーデウスとザノバの顔がよい。


次回は「不死魔王との謁見」
次回は「不死魔王との謁見」。キシリカには出会えたが、ナナホシの治療法が分かったわけではない。ノコパラがあれほど会うなと忠告したアトーフェの名が、ここで次回の題名につながる。

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