もう一つの家族の物語
無職転生の第16話「親子げんか」は、パウロとの再会と喧嘩を軸に、ルーデウスとして家族との絆を結びなおす回だ。もう一つの家族、エリスとの関係を温かく描き、じんわりと心にしみるエンディングがよい。
ネタバレ回避のあらすじは以下。
ルーデウスたちはミリス神聖国の首都・ミリシオンにたどり着く。 資金集めのためにしばらく滞在することに決めたルーデウスが街を散策していると、子どもが攫われている現場に出くわしてしまう。 子どもを助けようと後をつけたルーデウスは人攫いの一味と戦闘になってしまうが、そこにはルーデウスのよく知る人物が関わっていたのだった。
https://mushokutensei.jp/story/16/
ミリス神聖国と新曲「祈りの唄」
アバンは山間地を行くルディ一行のシーンから。山間を抜けると眼前に広がるのはミリス神聖国の首都、ミリシオンだ。ここでドルディア村から随行してきたサル顔のギースはあっさりとルディたちに別れを告げる。せめて町まで一緒にいけばいいのに、というルディを「また会えるって」とあしらう。「今度会ったときは料理を教えなさいよっ!」と怒るエリス。
原作では、ギースは女に料理を教えるとろくなことがないというジンクスを理由にエリスへの料理指南を避ける。ジンクスを重視するキャラ設定だ。何かといえばジンクスで、若干のしつこさがある。
これも伏線の一つだが、アニメ版では少しあっさり目だ。そもそもプロ野球の衰退で「ジンクス」が縁起の悪いものを示す英語という共通認識が薄れているからかもしれない。余計な説明を入れている暇は無いのだ。
去り際にギースは「冒険者ギルドには忘れず顔出せよ」とアドバイスしてルディたちの許から離れる。
今回も特殊オープニング、しかも前回までの「継承の唄」から新曲「祈りの唄」に変わっている。讃美歌風の旋律が心に染み入る。
これまでと同様に、オープニング内でミリシオンの街並みが描かれる。宗教国家だけに寺院や尖塔がやけに目立つ大都市だ。割とルディとは相性が悪い町なので先を知っていると悪徳都市にしか見えないのだが。
アニメ版では特に説明されないが、ミリシオンの尖塔は「魔術塔」になっていて、天候操作で常に快適な状態に保つための施設だ。一方で城壁は無い。周囲は結界で守る構造だ。無職転生の世界ではミリスにしか存在しない魔法は数多くある。
休日の予定はパウロへの手紙書きとゴブリン退治
さて、ミリシオン最初の夜は恒例のデッドエンド作戦会議から。1年半かかって人族の領地にまで来たと振り返ったルディは、アスラ王国へと一直線と行きたいところだが、まずはお金稼ぎとスペルド族の名誉回復をミッションとして挙げる。人族の国は物価が高いうえに、何せまた船に乗らないといけないのだ。当然、スペルド族料金の渡航費が必要だ。
会議で方針が決まり、明日は休みにしよう、と提案するルディ。試作したルイジェルドのフィギュアを見せながら、ルイジェルド人形の量産やパウロに手紙を書きたい旨を説明する。
なおエリスはゴブリン退治をしてみたいとのこと。この世界のゴブリンはEランクの魔物でエリスにとっては余裕の相手である。一人で行きたがるエリスを横目に、エリスの護衛は頼んだぞ、とルイジェルドに目で合図するルディだった。アニメ版では護衛に行ったように見えるルイジェルドだが、原作では友人の戦士に会いに行く。
エリスはゴブリン退治である重要人物と会い、そのことをすぐさま忘れる、というエピソードがある。一人で行かないと都合が悪いので、おそらくアニメ版での設定変更というわけではないだろう。
デッドエンドの掟「子供は助ける」なルディ
翌日、パウロに手紙を書こうとするルディ。手紙を書きながら窓の外に目をやると、人さらいらしき族が馬を駆っている。ルディはスペルド族名誉回復作戦の一環として救出に向かう。子供は助ける、がデッドエンドの掟だ。
アジトに行くと、さっきの賊と仲間がさらった人質に食事を与えている。木箱に隠れて様子をうかがうルディ。箱の中にはなぜかパンツがあり、「ぱんつじゃねぇか!」と思わず叫んでしまう。さらに仮面代わりにパンツをかぶって「デッドエンドのルイジェルドだっ!」と勢いで名乗ってしまう。仮面の意味無い。
何だかんだで岩砲弾で軽く敵を倒し、さらわれた少年に声をかける。怯えた表情で返事もできない少年の顔を見て、ルディはこの子どこかで…?とうっすらとした記憶から怪訝に思う。
そこに駆け付けたビキニアーマーの戦士との斬り合いに。魔術師もいて魔法の詠唱を始める。
今回は名前が出てこないが、戦士はヴェラ、魔術師はシェラだ。エンディングには名前がある。呼ばれるのは次回かな。
魔術師のウォーターボールはルディの火魔法であっさり蒸発させられ、ビキニアーマー戦士の剣もルディには届かない。
団長はまだか、という声に現れたのは只の酔っぱらい。この男「も」懐かしい感じがするとルディ。
ルディ「どこかで見たことがあるような…」
酔っぱらい「あいつみたいな動きしやがるっ!」
とお互いに思いながら戦う最中、酔っぱらいの一閃でパンツが切れ、素顔があらわになると、「ルディ…」とめったに聞かない呼び名を発して立ちすくむ酔っぱらい。基本、周りはルディのことを「ルーデウス」と呼ぶ。ルディと呼ぶ人間は限られている。となると、ということで「父さま…」と気付いたルディが声を出したところでCMに突入だ。
パウロとの親子げんかスタート
CM明け、酒場で向かい合うパウロとルディ。パウロはなぜここに?と聞くルディに、伝言を見ただろ、と返すパウロ。ルディは「伝言…ですか?」と話がかみ合わない。
今までどうしてきた?と聞いてくるパウロに、これまでの冒険を話して聞かせるルディ。だんだんと調子に乗り、冒険談として嬉しそうに話し始めてしまう。
遊び歩いていたってことはよく分かった、と切れ気味のパウロだ。ルディの口調からは大変さが感じられない、そもそも魔大陸でなぜ他の家族を探さなかった、とルディを責め始める。
ルディはその理由を自分に問うと、気が回らなかった、という結論にたどり着く。余裕が無かった、と。
パウロに責められ続けたルディは、止めに入ったビキニアーマー戦士を見て、パウロの浮気相手だと思い込む。母様やリーリャはこのことを知っているのかと反撃する。
売り言葉に買い言葉で、新しい妹や弟ができる日も近い、と言ってしまったところでパウロの鉄拳がルディに入る。
殴り合いの喧嘩ではリーチの短いルディが不利なところを、予見眼で攻撃を避け、風魔法で床に倒し、しまいにはパウロに馬乗りになって殴り続ける。
「誰も知っている人がいないのに、ここまで来たんだ!」
「なんで責められなきゃいけないんだ!」
このシーンでは、ルディの肉体と精神の年齢が一致している。血肉が通っているようにルディが演出されている場面はそれほど多くない。
妹ノルンがルディを止める
もう止めて!、と割って入ったのはまだ幼い、ゼニスの子、ノルンだ。ブエナ村で赤ちゃんだったノルンに「覚えてるか?」と聞こうとするも「お父さんをいじめないで」と叫ぶノルン。
前世でさんざんいじめに遭ってきたルディは、この言葉に絶望的なショックを受る。心が折れ、呆然と宿に帰ろうとするルディの後ろ姿に、パウロは「ブエナ村の奴らも全員災害に巻き込まれた」と伝える。今何つった…?と愕然とするルディ。
今の今まで、ルディは転移災害の被害者が自分たちだけだと思っていたのだ。ザントポートでのロキシーたちとのすれ違い。奴隷商人たちとの戦闘で冒険者ギルドの伝言を見られなかったこと。それらのせいで、まさか村ごと消えているとは思っていない。実際にはフィットア領ごと消えているわけだが。
ということは、シルフィも、と問うルディに、パウロはまず女の心配か、と怒りをつのらせる。母親のゼニス、メイドのリーリャとその娘であるアイシャは未だ行方不明だという。人さらいの集団と目に映った一団は、フィットア領から転移した人たちのための捜索団だった。
転移した人間は、転移先によっては即死、見知らぬ土地の治安や風土によっては、合法・非合法な奴隷にされることが少なくない。ミリスでは奴隷は合法である。さっきの少年、ソマル坊はその被害者だった。なので心を失った表情で食事を与えられていたのだ。
パウロは幼いころから天才で実力もあったルディに、転移災害からの機転を利かせた救出や回復運動を期待していた。まだ11歳のルディに、だ。酒場の皆がルディを見る視線が、前世で味わった教室の視線と重なり、気が遠くなる…
家族になったエリス
場面が変わって宿。握りつぶされたような手紙を足元に、ベッドに横たわる放心したルディ。やおら起き上がり、今後の計画を練るんだ、と気を持ちなおそうとするも、吐き気を催し窓の外に嘔吐してしまう。
そこにエリスとルイジェルドが戻ってくる。顔を腫らしたルディに、エリスが理由を尋ねると、ルディは父パウロに会ったことだけを声に出して口をつぐんでしまう。久しぶりに会ったんでしょ!?、と怒り、ぶっ殺してやるわ、と啖呵を切り部屋を飛び出そうとするエリス。
部屋お出ていこうとするエリスを、親子げんかに口を出すな、と止めるルイジェルド。エリスはあんなに頑張っていたルーデウスがこんなに弱っているのに!、と反論するが、弱っているなら、お前が慰めてやればいい、と淡々と返すルイジェルド。エリスはこう見えても年上なのだ。
原作だと「女なら、そのくらいできるだろう」とまで言うルイジェルドさんはアニメ版ではカットである。
どうして慰めようかいろいろ考えた結果、目をつむり、えいやでルディの頭を抱きしめるエリス。「大丈夫よ、私がついているから」とルディを落ち着かせようとするエリスの様子に、部屋の陰にたたずむルイジェルドはそっと口元を緩ませる。
「ごめんなさい、ルーデウス。私、あんまりこういうの得意じゃないから…」
と精一杯の優しさをみせるエリス。その慰めに、ありがとう、エリス、と心の底からの安堵を感じさせるルディの感謝の声。今回は、じんわりとした温かさ、柔らかいやさしさに包まれながら、エンディングだ。
このルディの絶望とエリスの慰めのシーン、ろうそくの灯が夜の暗さを強調するような演出で始まって、最後には心の温かさのそれに移り変わっていくという、きちんとした構成になっているのがよい。
嗚呼、こんなにエリスはルディのことを思っているのに。思っているがゆえに、おそらく今クールの最後に来るターニングポイント2で、とてつもない決断をしてしまうだ。
次回は「再会」
次回のタイトルは「再会」。再会するのは、変わってしまう前の誰か。無職転生の中で、前世の反省を生かして生き方を変える、重要なシーンの一つだ。
転生はすっかり擦り切れてしまった物語の枠組みだが、そのパイオニアは人生をやり直すとはどういうことかを徹底的に突き詰めていった。だからこそ、この長大な物語、決して万人受けはしないファンタジーを、最後までアニメ化しようと頑張っている人たちがいるのだと思う。
なおエンドカードはノルン。いずれラノア魔法大学の生徒会長になる女である。
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