電車の中で泣き

 観音様が有名な地に出張に出た帰りの電車。夕方になり席が埋まり始めた車内にあった空席を見つけ腰を滑り込ませる。席に着き上を見ると僅差で座れなかった女性が踵を返しドア横のポールを掴んでいた。

 ターミナル駅に着いた電車からは乗り換えの客が降りていく。空いた席にさっきの女性が座った。私の隣である。降りた客を取り戻すようにまた席が埋まっていく。立つ人がいない程度の混み具合で,床下から暖気が出始めた車内でうつらうつらする自分が心地よかった。

 目を閉じてどれくらいの時間が経ったか。県境を越え鉄橋を揺らす音で覚醒すると,鉄輪とレールの重い金属音に鼻をすする音が重なる。風邪か。インフルエンザの予防接種を受けたばかりの身は喉を中心に緊張した。すすり上げる音は止まない。

 泣いている。そう分かるのに電車が鉄橋を渡り終えるだけの時間がかかった。夕方の車内と嗚咽の組み合わせは聞く者にその理由を考えさせる。何故泣いているのか? そりゃ悲しいからだと思い直し,なぜ悲しいのかと自問を変える。よく見ると控えめな襟の紺のスーツ。横顔は鎖骨までかかる髪で見えないがおそらく幼い。女の子,だ。

 就職活動なんだろうな。面接で何か嫌なことがあったのだろうか。乗ってきた来た駅を考えると小さな会社か。それとも就職活動中に彼氏に会いあまり良くない方向に話が転んでしまったのか。11月のこの時期を考えるとどちらもありそうな話だ。

 目的地に着き,泣きやまない女の子を背に降りた。その次の駅は終点。あらゆる新幹線の出発点となる駅だ。彼女はこれから新幹線で帰るのかもしれない。これが新幹線の車内なら,窓に映る泣き顔を見られたのに。

 いやきっと,うつむいた横顔と髪しか見えない。そう思い直した。

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